ホーミーとの出会い

 

「なんでホーミーを始めたんですか?」というのはよく聴かれる質問の一つです。そんなに不思議ですかね?私がホーミーを初めて耳にしたのは、1999年にクボタのCMで流れたガンボルト氏(「超絶のホーミー」のホーミー唱者)の音でした。当時は「世の中には凄いことをする人がいるもんだなあ」と、ほとんどびっくり人間のようにしか思っていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2001年の春、私はとある音楽サークルのようなものに入ります。そこで大人になってから音楽を始めた人に何人も出会い、刺激を受けた私は「自分も何かやろう」と思い立ちます(単純)。でも楽器を手にするにはまだ抵抗のあった私、そこで「声で出来る凄いことって何かあるだろうか?」という考えから思いついたのがホーミーでした。

 

つまり、ホーミーを始めたときの私は、モンゴルファンでもモンゴル音楽のファンでもありませんでした。それどころか、モンゴルのことを何も知りませんでした。

 

そこからが大変でした。とにかく情報がありません。どのサイトを見ても「イキんで声を出す」「だみ声を出す」「ゲロを吐くように声を出す」とかしか書いておらず、一体どうやればよいのかさっぱり分かりません。そして探し回った挙句、「のど歌の会」というページに行き着きます。これは現在でも第一線で活躍中の馬頭琴、のど歌(ホーミー)演奏家の嵯峨治彦さんのページでした。今でもこのページの情報は私のバイブルです。

 

3ヶ月ほどでようやく音が鳴り出しました。そして嵯峨さんのライブで教えてもらった方法で一年くらいでドレミが出来るようになりました。ただ、ここから音楽まではまだ何年もかかるのだろうなあと思っていました。正直習熟度のペースは楽器の非でありません。上達しているかどうかもよく判らないし、制御出来ているのかどうかもよく判らない。毎日練習してもどんどん下手になっていく気がする、とにかく不安だらけでした。

 

そんな時、馬頭琴弾きの友人からのとんでもない提案を受けます。

 

「3月のライブに、ホーミーで出てくれない?」

 

いや、ちょっと待ってくださいよ。まだドレミ、本当にドとレとミしか音が変えられないんですよ。何をやるっていうんです、何を?ですがその友人は聞く耳持ちません。

 

「なんとかなるなんとか。あと3ヶ月あるし」

 

いや、一年半やってここなんだし、3ヶ月でどんだけ上達するのやら?ですよ。しかし強引な友人の押しに負け、結局そのライブには「ホーミー歌手」の肩書きで出ることに、曲も決まりました(笑)。

 

そこからが猛特訓です。毎日近所の大通りに出て練習、朝夕の通勤時間に大通りで練習、電車の中で練習、電車が通過するときに練習。チキンなので周りが静かなときは練習できません。そして三ヵ月後、やれば出来るものですね。なんとか決まっていた曲のメロディーが出せるようになりました。

 

そのライブでの私の肩書きはホーミー歌手。なので今やっているような弾き語りのスタイルではなく、丸腰です。馬頭琴は友人が弾き、それに合わせてホーミーで歌います。クラブイベントのようなところで、ステージが異常に高かったこと、会場後ろのスクリーンに自分の顔が大写しになっていたことをはっきりと覚えています。そして初めてマイクを通し、モニターで聴いた自分のホーミーの音。正直、気持ち良かったです。

 

自分達の出番の後で会場内をウロウロしていると、沢山の人に声を掛けられました。一様に「凄かったですよ」という感想なのも面白かったですが、私がクボタのCMを見て感じたものと同じようなものを感じたもしれないと思うと、感慨深いものがありました。